L'odoriter 料理人の新しいプロダクト。田村浩二の挑戦。

シェフとして、人として。今感じていることを少しずつ綴っていければと思っています。

自己紹介

自己紹介17。新たなる扉を開く。

日々増え続ける予約の中、少しずつL'ASでの仕事にも慣れてきた。3ヶ月もすれば鳴り続ける電話にも免疫がつく。 仕事量は相変わらずだが、スタッフが増えた事もあり、段々と兼子シェフとのコミニケーションも良くなってきた。 働き始め1年が過ぎた頃。 当初…

自己紹介16。ターニングポイント。

作業を始めて七時間、気が遠くなるほどの仕込みも終わりが見えてくる。 朝から一つの仕込みだけでこれだけの時間をかけたのは初めてだった。 仕事は速い自信があった。ただ圧倒的に『量』が多いのだ。 骨董通り(現南青山)にあるレストランL'AS。 オーナーシ…

自己紹介15。ケジメと再出発。

イタリア料理からフランス料理の世界へ戻る。 その為に1つ必ずしなければならない事があった。 自分の未熟さ故に、飛び出すように辞めてしまった『Edition Koji Shimomura』の下村シェフへの謝罪だ。 お店を辞めてから2年半がたっていた。 当時分からなか…

自己紹介14。再びフランス料理の世界へ。

麻布十番にカラペティバトゥバというフレンチがある。 家から近かった事と、料理が抜群に美味しかった事から、足繁く通っていた。 当時このお店で働きたいと思っていた事もあり、特別な思い入れのあるお店だ。 ある日当時のシェフ兼子大輔さんが独立したと話…

自己紹介13。美味しいと楽しいのバランス。

カウンターのレストランにおける楽しみとは、食事自体は勿論のこと、シェフや大将と話が出来ることもプライオリティーが高いだろう。 コの字型のカウンター。目の前で料理が出来上がっていく様は、胸躍る瞬間だ。 料理人は得てして会話が苦手な人が多いが、…

自己紹介12。イタリア料理とはなんなのか。

イタリア料理とフランス料理の違いとは? 色々な考え方があるが、僕の中では地方性を守るのか、新たな価値に変えるのか。の違いだと思っている。 その土地に根ざしたものを大切に変わらぬ為に守るのが僕の中でのイタリア料理(色々な意見があるが、それは置…

自己紹介11。環境に左右されていた弱い自分とそんな自分を打ち破る強い意志。

ひょんな事から働き始めたイタリア料理店『Biffi Teatro』コの字型のカウンターが囲むオープンキッチンの劇場型レストランだ。 今は珍しくなくなったが、当時はここまでオープンキッチンのお店はそう多くなかったと思う。 今までクローズドキッチンで働いて…

自己紹介10。築地での経験とイタリア料理。

逃げる様にEditionをやめてしまったそんな僕にお店を紹介してくれた先輩がいた。 「新しくできるお店に先輩がシェフで入るから働いてみたら?」 他に縋るものもなく、直ぐに話を聞きに行った。フランス料理のお店で、新規オープン。 拾ってもらう様な形で入…

自己紹介8。フランスの風。

初めて降り立った異国の地の風は日本のそれとは違い、僕の周りに新しい何かを運んで来る。 初めての海外フランス。こんなにも早くこの地に来れるとは思いもしなかった。 Edition2年目の夏。怒涛の日々を過ごすスタッフに下村シェフからの最高のプレゼントだ…

自己紹介7。料理人、田村浩二が作られた2年間。

いつどこでチャンスが巡ってくるかは分からない。だから常に自分を整え、備える事が大切で。 『Edition Koji Shimomura』で働き始めて直ぐのタイミングで、そのチャンスは巡って来た。 3個上の先輩が少しミスを続け、調理場を外された。そこで代わりに調理場…

自己紹介6。料理が好きだと再確認できた半年間。

名古屋での2ヶ月の生活を終え、東京へ戻ってきた。まだ新しいお店が出来るまでには時間がかかるらしく、また他の仕事を探す事に。 2倍の家賃がかかっていたこともあり、ノンビリしている余裕はなく、派遣のアルバイトに登録し直ぐに働き始め、この時初めて…

自己紹介5。トラディショナル。

東京を離れ、名古屋で働く。 短期的な仕事だったので、東京の家は残したまま名古屋へ向かった。まだ20歳だった僕には2ヶ月だけとはいえ、家賃が倍かかる状況は絶望的に苦しかった。 しかも名古屋では7歳年上の先輩2人との共同生活。自分のプライベート…

自己紹介4。初めて触れた本物の世界。

専門の卒業式を途中で抜けて乃木坂へ向かう。 働き始めて1週間。慣れない事ばかりだが、不思議と心踊る毎日を過ごしていた。 初めて食事をした日、直ぐに働かせてくれと直談判した。専門学校との繋がりはなく、自分でレストランとやりとりをし、研修へ2回…

自己紹介3 。フランス料理の世界へ。

料理の専門学校へ行くと決めてから、少しだけ野球への未練と後悔がうまれた。長く続けてきた野球を辞めることは、自分にとって思いの外大きな事件だったようだ。 ただ料理をやると決めたからには、野球では目指せなかったトップの世界にいくと自分に誓い、2…

自己紹介2。料理人人生のスタート。

高校時代野球に打ち込み、自身の身体を改革し確かな手応えを感じる事が出来、大学でも野球をやりたいと思い最後の夏休みに3つのセレクションを受けた。自分の中では出せるものは全て出し切り、1つの大学へは確実に受かる自信があった。 しかし、結果は惨敗…

自己紹介。料理人になる前の田村浩二。

神奈川県三浦市。海からほど近く静かな町で僕は育ちました。小さな頃は地元の海や漁港、祖父の畑などで沢山の食材と触れる機会が自然とありました。 その当時は苦手なものも多く、その環境が自分にとって特別な事だとは大人になってから分かるのですが。 父…