〜美味しさをデザインする〜口中調味とレトロネイザル
前回の話で、味わいの構成を伝える事が出来たと思う。
今回は更に踏み込んだ、『口中調味』と(レトロネイザル』の関係性について、自分なりの考察を書いていく。
先ず『口中調味』とは、
【味つけのない白いごはんを、口のなかで咀しゃくしながら他のおかずで味つけをする。ごはんとおかずを交互に食べる。口のなかに入れた食物の咀嚼を途中で止めたまま、口を半開きにしておいてそのまま次の食物や液体を放り込む】
という行為で、日本人独特の食べ方だ。
この事から、【日本人は既に口の中に入っている食物に対して、バランスを取りながら次の食物や液体を口に含む事が出来る】という能力が他の国の人よりも長けている、と言える。
そして、口の中の味わいの変化にも敏感なので、様々に変化する口内の味わいを察知しながら楽しむ事が出来るのだ。
『口の中の味わいの変化』
このワードが『レトロネイザル』にリンクします。
口中香といわれる通り、口腔内で生じた香りが鼻腔を通ることで感じる。
口に含んだものをその形状と温度で段階的に、もしくは同時に感じるのだ。
例えば、オイルや液体、パウダー状のものは口に含んだ瞬間から味と香りを感じ、濃度が薄いほどそのレスポンスは早くなる。次に濃度の濃いピューレやジュレなどが感じやすい。更には咀嚼という行為を必要とされるモノを感じるという時間の流れだろう。
そしてこの流れには、温度という概念がとても重要だ。
冷たいものは口の中に入ってから温度が上がり、香りと味わいを感じる。
なので、皿の上で(オルソネイザル)感じにくいものでも、口の中(レトロネイザル)だと感じるという事が起きる。
温かいものは、皿の上の時点で香りが生じている場合が多い。ただ熱すぎるものは、口に含んでも味を感じにくい。
人は味と香りを感じやす温度帯というものがある。この温度の管理も味わいを伝えるためにとても重要だ。
ここで本題に戻るが、『口中調味』と『レトロネイザル』の関係をうまくリンクするには食材に対して、形状、濃度、温度(口の中の食材の滞在時間)をうまく管理する必要があり、更に前回話した五味、旨味、風味のバランスを取らなければならない。盛り付けに関してもそうだろう。全ての食材が皿の上に無秩序に配置された場合、その食べ方はゲストにゆだねるしかない。
ただ日本人は『口中調味』に慣れているので、料理における『一口のバランス』を考えた上で盛り付けをすることが出来れば、自分が伝えたい味わいをゲストの口の中に表現することはそこまで難しくないだろう。
ここまでの話をもとに『香り』の使い方の僕なりの考え方を話させて頂く。
先ずは料理の基本的な構成は、一番感じてほしいメインの食材に対して、相性の良い副食材を二つ、さらにその三つを繋ぐ香りの要素を二つの計五つの食材で料理を構成する場合が多い。その中でなるべく食材間の共通因子(色や生育環境、更には香り成分における共通項)や、食材同士の組み合わせに対して人の持つイメージ(共感できる分かりやすいものと、意外性のある組み合わせの両方)、季節感ももちろん大切にしている。
食材に対する香りの選び方は、基本的には同調(シンクロ)だ。
昔から相性が良いと言われているモノは、それが何故なのかを理解できるまで調べる。
その上で初めて自分の中の知識と技術になると考えている。
たとえを挙げるなら、お吸い物の柚子と三つ葉。昔からのこの組み合わせに疑問を持ったことはなかったが、三つ葉の香り成分が分かったことで、この組み合わせの本当の意味を理解することが出来た。
世に残っている昔からの組み合わせは、紐解いてみると面白いものばかりだ。
話が少しそれたが、香りと味わいを同調させることで味わいのボリュームと余韻を長くすることが出来る。
ホタテや甲殻類にバニラを組み合わせることで、食材自体の甘さが増すように感じられたり、皿の上に乗る全ての食材の香りに共通因子を持たせることで、味わいの変化はありながらも、一本の香りの軸で最初から最後まで同じ余韻を感じることが出来、結果味わい自体が長く感じるようになる。
香りでインパクトを与えたいときは、見た目では分からないオイルなどにして、口に入った瞬間に香りを感じさせる様にしたり、噛むまで香りが出ないようにしておき、口の中でのタイムラグで香りを印象付けたりもする。
ニンニクや焼けた香ばしい『旨味の香り』を皿の上で漂わせ、『オルソネイザル』で脳を刺激し食べる前から料理に対して美味しいと感じさせたりすることもできる。
更には医療にも香りは使われる。嗅覚は脳に直接信号を送ることで、記憶をつかさどる海馬という部分を間接的に刺激し、アルツハイマー型認知症の予防にも繋がる可能性があると言われている。
まだまだ語りたい事はあるが、2000文字を超えそうなのでこのあたりにしておきます。
最後に、料理を作るときに、五味、旨味、風味のバランスと、そこに対する温度や食感、濃度を調節することで、口の中の味わいを三次元化し、奥行きを出すことで余韻を長くする。この作業の核を担うのが『香り』だと僕は確信している。
『香り』を駆使することで、《美味しさをデザインする》事が出来ると。