自己紹介31。パリで働く、日本人シェフのコミュニティー。
2016年1月、帰国まで残り半年となった。残りの期間はパリで日本人シェフと働く。
半年地方で働いた僕はパリ初心者で、パリでの仕事にわくわくしていた。
フランスに来た当初はパリで働くことにあまり魅力を感じていなかったのだが、地方を経験するとパリでの働き方にとても興味がわいた。地方では日本人との繋がりがなかったこともあり、沢山の日本人とも会ってみたかった。
6区にあるレストランES。オーナーシェフで一つ星を取っている本城chefは、様々なレストランで働きとても料理に詳しく、僕の知らない技術をたくさん知っていた。小さなお店だったこともあり、間近でシェフの仕事を見ながらお互いの話をし、料理感を共有して試作もさせてもらった。
このお店では、今まで自分に足りなかったものがインプットされていく感覚があり、同時にアウトプットもさせてもらえた。お互いにAB型という事でも意気投合し、価値観が似ていたことも良かったなと思う。
パリで働いて思ったことは、日本人コミュニティーにいるとフランス語を使う機会が格段に減る事。仕事以外の時間にはありがとうとさよならくらい言えれば、生きていけるだろう。初めからパリにいたらフランス語は殆ど話せなかったかもしれないなと思うと、地方から仕事を始めたことは僕にとってプラスだった。
しかし、沢山の日本人シェフと繋がりを持てたり、同世代の料理人や他のジャンルで勉強にきている人たちとの交流は、今後とても大切になるので、どこで働こうとも常にアンテナは張っていた方がいいだろう。年に何回かはシェフ達の集まりもあり、憧れのシェフと話が出来るのもパリの良いところだと思う。
パリで働いていた時にとても大きな事件があったが、その話はまた別の機会に書きたいと思う。
長々と自分の事を書いてきたが、料理人としてどのような人生を歩いてきたかはざっくりと伝えられたかなと思います。僕のブログを読んでパリからメッセージをくれた人や、まだ駆け出しの料理人たちが実際に食べに来てくれて話をしたり、僕の紹介をするときにこのブログを見せてくださる人もいる様で、コツコツと書き続けたことで何かが変わった気がします。
職人気質な所もあり、自分で自分の事を発信することに悩んだ時期もありました。それでも続けられたのは沢山の人からの声ももちろんですが、自分から発信していく大切さを僕に教えてくれた人の支えでした。文章を書いたことがない僕に、アドバイスをくれたり添削をしてくれたり、様々な事を教えてくれました。まだまだ文章は稚拙ですが、これからも自分の考えや、誰かのためになる事を発信し続けて行こうと思います。
料理人はとても大変な仕事の一つだと思います。それでも料理人だからこそ出来る事も沢山ありますし、料理人で良かったなと思います。今後は料理人やレストラン業界がさらに良くなっていくために活動していきます。皆さまよろしくお願いいたしいます。
田村浩二。