L'odoriter 料理人の新しいプロダクト。田村浩二の挑戦。

シェフとして、人として。今感じていることを少しずつ綴っていければと思っています。

自己紹介2。料理人人生のスタート。

f:id:koji-tamura0929:20170724014517j:image

高校時代野球に打ち込み、自身の身体を改革し確かな手応えを感じる事が出来、大学でも野球をやりたいと思い最後の夏休みに3つのセレクションを受けた。自分の中では出せるものは全て出し切り、1つの大学へは確実に受かる自信があった。

 

しかし、結果は惨敗。全ての大学に落ちた。

 

この瞬間に僕の中で野球人生は終わった。

 

受験をして続ける選択肢は勿論あったのだが、自信のあったセレクションで残れなかった時点でもう芽はないなと、自分の中の野球の灯火が消えた。

 

 

父は続けて欲しかったらしいが、自分の中で大学で野球を続ける明確な意志を持てなかった。

 

 

今思えばこのタイミングで野球を諦めて良かったと思う。ズルズルと野球を続けていたら、人生は全く違うものになっていただろうし、何事もそうだが、辞めるのもセンスで、その見極めを出来るかどうかは人生でとても大切だと思う。

 

 

無気力な夏休みを過ごし二学期が始まる頃、親友の誕生日が近いことを思い出した。

 

部活しかしていなかった自分には何かを買うお金もなく、どうしようかと思ったが、何故かケーキを焼こうと思った。185センチで眼つきが悪く坊主の男がだ。

 

しかしそれは小さい頃母と作ったケーキの記憶があったからだろう。野球を始めてからは全く料理などしていなかったが、何故かとても作りたくなった。そこからは直ぐに試作をし、他の友達に毒味をしてもらいながらクオリティーを上げ、いざ誕生日に友達にケーキを渡すと、本人はもとより、周りの友達まで驚く程喜んでくれた。

 

その瞬間自分の仕事はこれだと決めた。 

 

人間何がきっかけになるか分からないものだ。

 

それから直ぐに料理の専門学校を調べ、自分に合うかどうかを吟味し、大学で4年かかる学費と専門学校で2年かかる学費を比較し、そのデータをもとに親にプレゼンをした。願書を既に提出した後に。

 

これだと決めたら直ぐ行動し、突き進むタイプなので、親も呆れて直ぐに認めてくれた。

 

バイトも料理関係で始め、自分の料理人人生がスタートした。

 

大きな決意を胸に新宿調理師専門学校へ。